しまなみ海道

人の数だけ 私のしまなみがある…か。

 

鎌谷悠希 / しまなみ誰そ彼 3巻12話

 

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 好きなロケーションは数あれど、真夏のしまなみ海道を超える場所はちょっと思いつかない。

 

 愛媛県今治市広島県尾道市を結ぶ、全長約70kmの道路群。しまなみ海道というのはコースの総称で、6つの島とそれらを結ぶ橋梁や航路で構成されている。自分はこれまで4回にわたって、夏場に自転車で走破したことがある。そして、その1回1回がどれも思い出深く、どの景色も印象に残っている。

 

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 しまなみ海道を走破するには、今治からでも尾道からでも出発できるのだけど、個人的には今治発を推したい。現に、4回中3回は今治から出発している。

 

 今治市街から数キロ走ったところに、来島海峡大橋へのアプローチが現れる。眼前に広がる瀬戸内海と、ひとつめの橋梁にさしかかる高揚感にワクワクする。このアプローチ部、自転車通行部分も自動車のインターチェンジのような壮大さがあり、登りきったところからは、港湾地帯に林立する大型クレーンが見える。道路には尾道まで残り60数kmの表示。がんばるぞ。

 

 今治発だと来島海峡大橋は一方的な下り坂となる。第一大橋から第三大橋までで全長4kmにも及ぶため、これだけでも今治発にするメリットがある。見渡す限りの瀬戸内海と、ポツリポツリと浮かぶ島々を眺めながら、長大な下り坂を飛ばすのは気持ちがいい。まだ出発したばかりなのに、しまなみ海道サイコー!来てよかった!と叫びたくなる(まじで叫んだことがある)。

 

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 橋梁部は高速道路の脇にある自転車道を進むのだけど、島に着くと地平に降ろされて、島の住民も利用する一般道を通行する。道路の脇に農村や学校を望みながら、自分のペースで自転車を漕いでいく。遠くの街を訪れて、その街に住んでいるかのような気分を味わえてよい。

 

 来島海峡大橋を降りた大島は、最初の島にして、自転車で走る距離が一番長い島。アップダウンも激しいので、序盤のテンションで乗り切る必要がある。その次の伯方島大三島は、距離も短いうえに海辺を走る箇所が多く、ちょっと疲れてきたところの清涼剤になる。道路の脇で揺れるレモン畑の緑葉。自販機にも、瀬戸内限定のレモネード的な飲料が置かれている。

 

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 大三島を越えて、多々羅大橋からは広島県に突入する。標識のデザインや、公共施設の感じが微妙に変わっていて、行政区画による街の違いを楽しむこともできる。この辺りが折り返し地点。人口も一番少ないので、心穏やかかつ心細くもなる。ちゃんと尾道まで到達できるかな。暑さでちょっと頭がボーッとしてきたぞ。

 

 その後も、生口島因島と大きい島をふたつ抜ける。このふたつは農村地帯で、細い道や激しいアップダウンが続く。コンビニの数も一番少ないエリアで、気を抜くとしばらく補給ができなかったりもする。けれど、ちょっと疲れてきたところで対岸の次の島が見えたりして、もうひと踏ん張りしてみるかとスイッチが入る。ようできとるわ。

 

 自転車で越える最後の橋、因島大橋を抜けて、最後の島である因島に上陸する。ここまで来ると、民家やお店の数も増えてくる。今治ぶりに家電量販店もあったりして、徐々に大きな街に近づいていることを実感する。道路に表示される尾道までの残りキロ数も、やっと1桁になってきた。

 

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 因島を抜けて、尾道までの最後のアプローチは小さなフェリーで締める。たった数分、60円か80円の運賃で乗れるささやかなものだけど、斜面に形成された尾道の街並みがずんずんと近づくように迎えてくれる。夕陽を浴びたこの光景がとてもキレイで、丸一日かけて走破したあとのご褒美のように思える。今治発を推しているのも、この光景を観るのが好きだからだ。

 

 無事尾道に着いたなら、あとはラーメンを食べてもいいし、どこかに宿をとって泊ってもいい。みっちりと民家が密集した街並みを歩いていると、よく人になれた野良猫が迎えてくれる。道が狭すぎてクルマなんか通りはしない。代わりに瀬戸内海からの穏やかな潮風が吹いてくる。ああ、今すぐにでも自転車を持って旅立ちたい。

 

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