完成せずとも〆切は来る

 

 バンド活動とはそれすなわち、締め切りを抱え続けるということである。

 

 次のバンド練習までに曲を覚え、覚えたと思ったら次の曲を覚える。スタジオで浮かんだ反省があれば、次の練習までにどう演奏に生かそうか考える。練習の先にはライブなりレコーディングがあって、自分ができる一番いい演奏をしなければならない。そうなると、次の練習はあと何日、ライブやレコーディングはあと何ヶ月、何週間と数えることになる。練習はあと何回出来るだろうか。ひとりで準備することがあれば、どこで時間を作ろうか。いつもそんなことばかり考えている。

 

 とはいえ、いくら時間の使い方を考えたところでリソースには限界がある。それも時間とか体力の話だけではなく、練習へのモチベーションにも限りがあるということ。自分は楽器が好きというより、周囲から誘われるがままに演奏の場を見つけてきたようなもので、どうにもやる気がわかなくてサボってしまうことがままある。そうして練習不足のまま時間が過ぎ、みじめな思いをしながらメンバーが待つ場へ向かったことは数知れず。

 

 なんとか頭に入ってくれと電車のなかで曲を聴き込む。こういうときほど事前に取り決めていた時間はあっという間にやってきて、なけなしのボロボロな演奏をする。一音一音が鳴るごとに「これが自分の用意できたものです」という意味が付与され、確かにその日に演奏されたひとコマとして完成する。周りにいるメンバーや自分自身がくだす「えっ、そんなもんなの?」とか「ちょっと難しかったねえ」なんて評価が、その日に起こった演奏体験となるのだ。どんな言いわけをしても、一度迎えてしまった〆切がのびることはない。

 

 まあジタバタしても仕方がないさ。泣いても笑ってもこれまで準備してきた(あるいはしてこなかった)楽曲に一応の区切りがついた。次に演奏する機会があればよりブラッシュアップして、これが最後ならひとまず完成したことを喜ぼうではないか。技術だけではなく、巡ってきたチャンスにどれだけ真剣に準備できたかも含めて、現時点での実力なのだ。それが知れただけでも儲けものだ。

 

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 おれはどうも終わりなく何かに取り組むのが苦手らしい。

 音楽の世界では、本番をとくに決めないでひたすら基礎練習をして卓越した技術を得ている人がたくさんいる。きっとスポーツや仕事の世界でも同じだろう。ひたすら単純な動作を繰り返し練習して、もうミスをすることなどありえないといった段階まで到達するような人。おれはそういったストイックさには尊敬と羨望のまなざしを向けているし、実際にそういった人の演奏を観るとつくづく感嘆してしまうくらいだ。

 

 そういった努力が、おれはほんとうにできない。ちょっと何かが出来るようになると、すぐにその結果を額縁に入れて飾りたくなる。ひとめ見ただけで目を覆いたくなるような出来の粗さなのに、おれにしては上出来じゃないか、ここだけ見ればプロみたいじゃないか、などと人知れずしっかりとうぬぼれる。そして、でれでれと慢心をきわめているうちに次の額縁が見つかったりもして、ちょこまかと何かをこしらえてはまた自己満足に浸ってきたのだ。

 

 そもそも、ストイックに努力をかさねた先に待っているのは終焉なのではと、つい卑怯な考えを持つきらいもある。〆切に追われているときほど、「満つれば欠ける」と逆さ柱で未完成を表現した東照宮のことや、「完全に出来上がってしまったと感じました」と言い残して解散したゆらゆら帝国のことを思い出す。じゃあまあ完成させないのも美学だよな…うんうん、なんてね。そういうことはやり切ってから言いなさいよって話なんだけどさ。

 

 兎にも角にも、頻繁に〆切を抱えて物事を仕上げ、そのたびにささやかな満足感と課題を見つけるというサイクルは、亀ペースながらずっと成長を続ける結果をもたらしたようにも見える。何一つとして大成したものはないけれど、自分に喜びをもたらす程度にはいろんなことが出来るようになった。ずっと腰を据えるのは苦手なままだけど、まったくゴールがないのもまた味気なく感じる。

 

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 今になって、おれは公私ともにたくさんの〆切を抱えて日々を過ごしている。仕事は言うまでもないとして、こないだ撮った写真を明日までにインスタにあげようとか、次に友達が来るまでに部屋をグレードアップしようとか、今度の休みに出かけるプランをきっちり考えてみようとか、そんな小さな〆切をひいひい言いながら楽しんでいる。バンド活動もZINE作りのような創作活動も〆切でがんじがらめ。いつぞやには、「仕事が終わった後の方が〆切が多い」と友達に話して呆れられたくらいだ。

 

 けれど、ひとつひとつの〆切を迎えるたびに見えてくる、時間切れで及ばなかった点とか新しく見つかった課題を見つめる時間だって結構好きだ。じゃあ次はどうすんべかなとウキウキ出来るからね。なんてったって、おれはあらゆる旅の途中なのだ。完璧な大作は人生で1個作れるかどうか。未完の大作より完成した凡作を積みかさねて、いびつな形でも出来ることや知っていることを増やしていくも一興であろう!