湘南新宿ライン
誰かのソングライン 胸をしめつける 逢いたい
真夏のシンフォニー すべて君の胸に 捧げたい
湘南新宿ライン 闇を切り裂いて 走れよ
湘南新宿ライン 闇を切り裂いて
七尾旅人 / スロウ・スロウ・トレイン
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何年も前、少しのあいだだけ付き合った人がいた。
付き合っていくうちにもっと好きになるかなあ、なんて思いながら一緒に遊んだり、連絡をとったりしていたのだけど、話せば話すほどに分かり合えない部分が明らかになるばかり。何もしていないのに(何もしていないからか)、どんどん傷ついていく相手のことを思うと、いとおしさではなくて、申し訳なさばかりがこみあげてきた。
かれは、神奈川に住んでいる自分を訪ねるとき、いつも湘南新宿ラインを使っていたらしい。ずっと住んでいた街で仕事を見つけ、生活のすべてを地元で完結させていたけれど、おれと会う日だけ新宿経由の直通電車に乗り込んでいた。数えきれないくらい大きな街を通り越して、分かり合えないことを確認するような時間が過ぎて、また長い長い帰路につく。帰りに駅まで見送る時は、ちょっと胸がくるしくなるばかりだったな。
ほどなくして、かれとはお別れすることになった。
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それから時間がすぎて、今度は自分が遠い遠い街に住む人のことを好きになった。
物理的にも精神的にも、今までに経験したことがないような距離感の人だったけれど、それでも自分はその人につよく惹かれるばかりだった。ささいな言葉の端っこに思いをめぐらせて、わずかなすれ違いにひどく動揺してしまうような。そんな日々が続いた。
あるとき、その人の住む街を訪ねて、湘南新宿ラインを使うことになる。巨大なターミナル駅で発着ホームをさがし、違った行き先の電車を何本かやり過ごして、新宿経由の直通電車に乗り込む。
湘南新宿ラインは駅と駅の間が長い。ひとたびドアが閉まると、電車の走行音だけが車内に響き続ける時間が流れ続ける。物思いにふけていた当時の自分にとっては、それが永遠のように思えた。
—この電車から降りた先で、あの人は笑ってくれるだろうか。なにか、楽しい話ができるだろうか。
不安で泣きそうだったあの時、ふと思い出したのは、湘南新宿ラインで会いに来てくれたかれのことだった。もしかしたら、あの頃のかれはこんな気分だったのかな。長い長い移動時間、たくさんの乗客のなかで不安とふたりぼっちになるのに耐えていたのかな。こんなことが、ひどすぎる感傷をもとにした妄想だといいんだけど。
毎回思いつめた顔で会いに来たかれのことを思い出して、きっといまの自分もそんな表情だろうなと思う。けれど、あれもこれもどうしようもない。どうしようもないんだ。
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なんだ、まだ渋谷かよ。