シュミのハバ


私が見てきたすべてのこと
むだじゃないよって君に言ってほしい

ハローグッバイ / YUKI


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去年の夏の暮れ、Suchmosを見に行った時の話。

横浜駅から根岸線に乗りこんだ。根岸線と言っても、正体は京浜東北線。大宮~大船までがひとつの路線として運用されているけど、横浜~大船までは正式には根岸線という路線名で、沿線に住んでる人は割とそう呼んでいる。乗り込んだE233系1000番台は、自分がちょうど根岸線沿いにある実家を出る頃に導入された車両で、正直なところあまり思い入れはない。むしろ、この車両に置き換えられた209系は、小学生の頃から毎日のように線路沿いの道で眺めていたから親しみがあって、E233系の導入によってどんどんと見かけなくなるのが寂しかった。けどまあ、回数は少ないけどこうやって当たり前のようにE233系に揺られていると、いつかこの車両が居なくなる頃には愛着も湧いてくるんだろうな。

関内駅に着いた。この駅もちょっと前はエレベーターすらない無愛想な駅だったけど、インバウンド需要を狙ってかちょっとだけ小ぎれいになったし、エレベーターもついた。そんなエレベーターを横目にあしらって階段を降りて、会場の横浜スタジアムへ。神奈川出身ではあるけど、あいにく野球と距離をとった人生を送ってきたから、中に入った記憶はない。なんか親に連れてきてもらった気はするんだけど。でもハマスタの周りは生活の中でよく通った。存在は馴染み深いけど中身は未知だなんて、神社かなんかかな。

Suchmosは前にフェスで見て以来で、ワンマンライブは初めて。流行り出した頃はスカした風貌と音楽性に恐れをなして、「Suchmosこわい」という話題が友達との定番になりもした。けど、数多くのカッコいい楽曲と、ボーカルのYONCEがする天然MCをネットで見たりして、少しずつ親近感が湧いた。ステージにメンバーが現れ、YONCEの叫びと共に始まったのは「YMM」。一番好きな曲だ。絡み合うキーボードとギターのリフ、着実に刻みながらもふくよかなベースラインが気持ちいい。意味深なアルファベットの由来は、実は「横浜みなとみらい」なの、とっても愛らしい。HSUは5弦ベース使ってるんだ、他の曲もかな。ギターのTAIKING前髪あげてるんだ。かっこいい~。。。


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乗った電車、よく通った場所、目撃したミュージシャン。ひとつひとつに知識とか思い入れとかがあると、もうそれらは自分の中で単に存在しているのではなく、何かを想いたいを引っ張り出してくれる大切な生き物みたいなものに見える。

日々、生活をしていると、目に見えたり体感したりすることに付随して、思い出すことがあふれるばかりだ。前はなんでもなかったものに、時間とともにタグがたくさんぶら下がって、何をしていても脳みそはいろんな記憶とか発想を呼び起こしてくれる。そして、次の瞬間には目の前の人や物は、さらに新しい記憶を植え付けていく。自分の中の像が変わっていく。

なんでもなかったものに囲まれてても、時間とともに色がついて、なんでもあるものになっていく。もう、単なるそこにあるものではない。


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 ずんちゃん、きれいしょう。でも、それだけじゃないんだよ。このひとすっごくおもしろいんだよ。十八歳で知り合っていままでのことしか知らないけど、そのまえだってずっとずっとおもしろかったはずなんだよ。実家には牛がいるよ。ちいさなお父さんとお母さんが一生懸命働いているよ。お兄ちゃんもがんばってるよ。弟はこれから受験だってよ。
 すれちがうたった一瞬のあいだに脱臭され、漂白され、記号化される彼女の人生を、ぼくは代わりにさけびたい。いちいちさけんで、喉を枯らしたい。
 女の子って人間なんだよ。

なまものを生きる / 少年アヤ 著より


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元々、自分の周りには出会った瞬間から好きだった物しか置きたくなかった。

子どもの頃、友達と同じものを好きになることが少なった。周りに合わせて何かを好きになるというより、勝手に好きになったものについて、あくせくと同好の士を見つけて楽しんでいて、特にそういう人がいなければひとりでニヤニヤ楽しめる子どもだった。

中学生とか高校生になって、その辺はあまり変容することなく、むしろ人が読まないような変な本ばかり読んで、音楽の趣味も偏っていたし、エルレガーデンなんかくそだー!なんて言ってた。別に当時熱中してたドリームシアターだって、十分大衆的なんだけどなあ。この頃仲良かった友達も、やっぱり風変りな人ばかりだった。けれどもまあ、人と違うものが好きであることが大事だったらしい。

大学生に上がった頃、ようやく「周りの人が好きでいるものって、実は魅力的なんじゃないか?」と思い始めた。それでファイナルファンタジーを友達から借りてやってみたり、ごく普通の大学生ファッションをしてみたり、エルレガーデンを聞いたりした。細美武士サイコーだった。

ちょうどその頃読んだ何かの文章で、宗教家の誰かが影響を受けた本として聖書を挙げていた。その理由として「自分の信じているものは違うけど、大勢の人が読み親しんでいるものだから、得るものがあるだろうと思って読んだ。」みたいなコメントをしていて、ますます周りで流行っているものを追うようになった。そんなことをしていたら、急に周りに居る人も増えて楽しかったし、好きな物とその思い出を共有する楽しさみたいなのも感じまくってた。

しかし、そうすると今度は、自分が他の人と異質なところに目が行ってツラい時期にさしかかった。サークルの合宿でハメを外している輪を楽しめないとか、体育会系なバイト先を好きになれないとか、そういうことでウジウジしていた。

まあ奇しくも大学生の終わりと共に、自分がどんなものを好きになれて、どんなものとは相容れないか、というあたりまで学習して、あとはぬるぬると生きている。この学びってきっと必修科目だったな。未履修だったらもうちょっとしんどかったかも。


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今になって、お気に入りの物に囲まれて暮らせているのは、自分が「これはもしかたら?」と思うものにすぐに手を伸ばして、結果的に気に入ってしまうことが多い事だと思う。

その辺に居る人や物について、どこかに魅力があれば自分もそれを好きになることはいつだって有り得るし、ハマらなかったとしても時が違えば好きになったのかもしれない。逆に、自分がすでに好きなものも、胸をはって主張していきたい。エルレガーデンドリームシアターもカッコいいよ。

そして、自分で好きになれたあれこれも、人に影響されて好きになれたあれこれも入り混じって、時間と共に思い入れが増してきている。もう何がきっかけで好きになったか忘れてしまったものばかりだし、何かの魅力に気付かせてくれた人はもう近くにいなかったりする。

ある友達は、前の恋人のことはあまり良く言わないくせに、その人に教えてもらったスポーツチームは未だに熱中して追いかけているらしい。ホント巡りあわせって分からないし、この友達もまた素直だなって思う。見習いたい。

もっと自分が幼くて自信がなかったら、周囲に影響されて自失してしまうこともあったのかもしれない。やばい環境から逃げ出せずにボロボロになってしまうこともあったかもしれない。けど幸い、そういうことから逃げ出せた経験も出来た。もう泣きながら「逃げちゃダメだ」ってバイト先に向かい続ける選択はしないし、友達に合わせて山盛りのパクチーをモサモサ食べることもない…のか?パクチーはそのうちリベンジしようかな。

ああ、逆に「これは為になるな」って辛苦が、本当に為になってくれたって記憶もあるな。逃げちゃいけないものを見極めるのも、どっかで少しは出来るようになったかな。


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気が付いたら、選べるカードがいっぱい増えてるなって思う28歳。そのカードはどれもありふれたもので、純粋なオリジナルってきっと、ない。大事なのは、回ってきたカードをどう組み合わせて人間性を出すかだと思う。

きっと選べるカードが増えることも減ることもあるだろうし、選ぶきっかけがどこに転がっているかは分からない。次はどうしましょうかね。自分で全部決めるのは贅沢だから、相変わらず周りにもいい感じに委ねていこうかね。


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もしも彼らが君の 何かを盗んだとして
それはくだらないものだよ
返して貰うまでもない筈
何故なら価値は 生命に従って付いている

ほらね君には富が溢れている


ありあまる富 / 椎名林檎