ひとりきりに見えても

空は遠く 風も速い 僕はここで 君はそこさ
時は流れ 僕は一人 庭を見つめ 心が旅する

退屈を不幸と 間違えてしまわぬように
くだらないことで いつまでも笑えますように
ほどほどのことなら 誰でも許せますように


きれいな水 / YO-KING

 

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草木がうっそうと茂る線路のうえを、最新型の通勤車両がゆっくりと進んでいく。

青梅線。この路線に乗るのは初めてだ。

オレンジ色の帯を巻いた中央線の車両が走っているのは知っていたけれど、急カーブやトンネルの続くローカル線の景色を、東京駅や新宿駅で見かける車両の中から眺める対比が面白い。

そんな感想を漏らす相手を、あいにく今日は居合わせていない。

おれはこれから、初めてのソロキャンプに赴くのだ。

 

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河原に適当な場所を見つけて、持ってきた道具を広げる。

鼻歌交じりにテントを広げると、小さな雑草の茎がこぼれ落ちた。

持ってきたテントは、もともとロックフェスの会場で拠点として使うために買ったものだ。きっとこの草も、どこかの会場で拾ったものだろう。まだ、コロナなんてものが流行る前は、いろんなところで知り合った友達と、このテントを会場の一角に構えたものだ。テントの中でグッズを広げ合ったり、日焼け止めを塗ったり、ビールを飲んだりもしたっけな。

焚き火を起こすときは、よくバーベキューを主催してくれた高校の先輩を思い出す。木炭を安定して燃やすコツを語りながら、テキパキと肉を焼いたり、焼きそばを炒めてくれたりした。

いま、顔が思い浮かんだひとたちとは、そう頻繁に会うわけではない。年に数回会えればいい方かな。けれども、ひとりで居る時も、こんな風に顔を思い出したりして、少なくとも自分としては身近に感じている。

自分が社会人になろうかという頃、いっそ友達が100人くらい居るといいなって思っていた。そして、毎週末ごとに違う人と代わる代わる遊んだりして、いろんな人と関係が続けばいいなって。

あれから時間が経って、自分をとりまく人間関係は、おおむね当時描いていたような形になった。いろんな趣味や特技を持ったひとと、たまに顔を合わせる程度の関係が続いているおかげで、何をするにしても、誰かの顔を思い出す。せっかくなので、ラインの1通でも送ったりする。

見かけはひとりきりだけど、自分の思考には他者が何人も介在している。そんな状態を楽しむのが、結構好きだ。

 

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「もしもし~おつかれさま!」

―おつかれさま~。いま何してるの?

「買い物にきてるよ。そっちは?」

―ソロキャンプしてる!

「えっw電話なんてしててええんか?
 ひとりきりになりたいんじゃないの?」

―いや…、なんか寂しいじゃん?w

 

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子どもの頃から、自分で描いた青写真を、なるべく忠実な姿で現実に起こしたがる性格だった。

行きたいところ、見たいもの、知りたいことは、ひとりで探求することが多かった。求めるものをひとつも取りこぼしたくなくて、他人に合わせる必要のない外出を好んだ。誰かと一緒に行動する機会は、周囲と比べると少ない方だったのかもしれない。

ゆえに、誰とも分かち合えない知識を求めて本を読みあさったり、ひとりで遠くの街を訪ねることも、自分にとっては当たり前だった。そうしていると、いつしか「ひとりで行動することが好きなひと」という評価を、自他ともにするようになった。

でもさ、そうじゃなかったんだわ。

別にね、ひとりが好きなんじゃなくて、やりたいことをするために、ひとりで行動することが多いだけなんだもの。

自分が人並みに寂しさを抱くことを、いつからか自認するようになった。本を読んで新しい発見をしたとき、自分以外に誰も乗っていないローカル線に揺られるとき、そばに誰か居てくれたらなあって思う。誰かと一緒に探求できる物事に、もっと軸足を置いていいんじゃない?なんて自問することもあった。だけど、それよりも自分が固有する探求心を、どうにも抑えることができないのだ。

そんな性分だから、同じ目的を、同じ熱量で、誰かと共有できるとき、おれは格別にうれしく思う。誰かと一緒に、バンドを組んで演奏するとき、交代でクルマを運転してどこかを目指すとき、行列をして何かおいしいものを食べるとき、セックスをして同じ朝を待つとき…。

こないだ、ひとりで撮ったドラムの演奏動画をSNSに投稿したら、バーベキューの先輩がギターと歌をつけてくれたっけ。あれは、うれしかったな。

 

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焚き火に薪をくべながら、ここに誰か居てくれたらと思う。

パチパチと弾ける火の粉の音、漂ってくる炎のぬくもり、空には星が煌めいている。なにか、とっておきの話ができそうだ。

けれども、人を誘って、予定を合わせて、ギアを揃えるためにあーだこーだ話し合いをしている間に、きっと秋は深まり、雪が舞う季節も近くなっていただろう。ひとりで来れたからこそ、キャンプへの熱意を保ったまま、こうして寒さに凍えずに、星を眺めていられる。

どっちがよかったんだろうな。

そもそも、おれに選びようがあったのかな。

 

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明くる朝、じわっとした寒さに目を覚ます。

テントを出て、朝もやの漂う河原をぶらつく。

川の水をひと掬い。

よく澄んだ水に、手のひらの赤みが映える。

細かい霧雨が、音もなく肩を濡らしていく―

 

10分くらい、空を眺めていた。

河原に漂う空気を全身で感じ、思考は川のせせらぎに流され、消える。自分は存在するけど、存在しないみたいだった。

 

ああ、昨日はいろんな人が頭の中を出入りしたのに、今朝は自分すらいなくなった。おれはずっと、ひとりきりだったのにね。

 

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腕は軽く 文字が動く 僕は笑い 君は怒った
時は止まり 過去も未来も 混ざりながら 僕を取り囲む

不満を不運と 間違えてしまわぬように
明るい気分で 死ぬまで居られますように
心も体も みずみずしくありますように


きれいな水 / YO-KING