学部

 大学受験を控えていた頃、自分は社会学部を志望していた。

 

 社会学という学問をよく知っていたわけではないけど、関心のあるテーマに基づいて、街を訪ねたり、人へ話を聴くといったフィールドワークをするというイメージがあった。中高生の頃はジャンルを問わず人文科学系の本を読み漁っていたので、そういったスタイルで学びを深めることに関心があったのだと思う。

 

 しかし、お世辞にも勉強ができる方ではなかった自分は、受験した社会学部の入試には、あえなく全部落ちてしまった。当時はそれなりに残念には思っていたけれど、数週間前から合格する予感を失っていたので、わりと冷静に結果を受け取っていた。そして、社会学への関心も薄れていった。

 

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 実際に入学することになったのは、とある大学の法学部だった。

 

 法律学は興味があるというより、これなら自分でも学業を修められそうだという理由からだった。けどまあ、社会にある法律の仕組みはなんたるか程度には興味があったし、法律のなかでどう立ち回るかということも考えていたと思う。小賢しい。

 

 幸い、長い文を読み書きする才くらいはなんとか持っていたので、順調に単位を取っていった。そのうち、やっぱり自分でも手がつけやすそうな地方自治法のゼミに入って、いちおう卒論らしきものを書いて卒業した。

 

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 どこの学部を卒業したのかと聞かれれば、正直なところ軽音楽部と回答したい。

 

 つまんないシャレになってしまったけど、勉強よりもバンド活動の方に傾倒していたのも事実。社会学部をすんなり諦められたのも、法学部を身の丈ばかり考えた学業で済ませてしまったのも、あの頃はバンドさえ出来ればそれでよかったからだ。

 

 実際のところ、新たな能力を開拓したのも軽音楽部でのことばかりだったと思う。自分の実力を超えた課題に挑戦したり、集団の中心で物事を進める立場になったり、そういったことは学業では経験できなかった。

 

 いまでも、18歳~22歳を過ごした軽音楽部での友達とはつながりがあるし、少なくともまだしばらくは楽器と縁がある日々を過ごすつもりだ。当時与えられた時間を、バンド活動に使ったことへの後悔は全然ない。

 

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 社会人になってから、再び社会学への関心を抱いている。

 

 さまざまな本や、社会学を学んできた人との出会いによって、過去に置いてきたはずの火が、静かに熱を帯び続けているのだ。誰に教わるでもなく、社会学の本を読んで、考えたことをまとめたりしている。これが体系的に学ぶことができたらなあと、受験勉強中の自分にささやきたくなる。頼むからもうちょい勉強しといてくれ。ニコニコ動画ばっか観てるんじゃねえよ。

 

 けれど、あの頃に社会学部に入れていたとしても、きちんと身の入った勉強ができたかはわからない。結局また、出身学部は軽音楽部だ!なんて言ってしまうような日々を過ごしていたのかもしれない。かといって、無事に社会学の勉強に精を出していたら、法律学だとかバンド活動への熱は封印していたのだろう。ていうか、ここにないチャンネルだってきっとあった。なんだか、貴重な大学4年間の使いみちを、完璧に選択することなど不可能のように思える。

 

 自分が選べなかった選択肢は、きっと他の誰かが選んでいる。そして、自分が過ごした日々もまた、誰かが過ごしたかった日々なのだろう。少なくとも、あの頃自分は、成り行きで選んだ選択肢について、力の限り尽くしていた。

 

 今になって、あの頃選べなかったことを、また手に取って眺めるくらいのことが出来るようになった。高校生の頃に抱いたぼんやりとした憧れを、今でも磨けている巡りあわせをうれしく思う。

 

 

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