好きを仕事にする

 バンドで一山当てるために全力で活動するのと、趣味としてのバンドを一生続けることを天秤にかけて、自分は迷わず後者を選んだ。もっとも、前者を選ぶツテがあったかは怪しいのだけど、どうみても成功するバンドに身を置く機会があったとしても、やっぱり後者を選んだと思う。

 

 その理由はいたってよくあるやつ。好きなことを仕事にすると、好きでなくなってしまう…みたいな、そんな弱気な危惧。だけど同じような思いの人はたくさんいて、周りでも結構な数の人が、生活のための労働を選び、好きだったことをどんどん置いていった。おれが憧れた友達の高級ギターも、今頃押し入れで眠っているんだろうな。

 

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 自分が心底好きな物事との距離を測ることは、本当に難しい。

 

 何かに夢中になると、寝る時間も人と会う時間も削ってその対象にかかりきりになるし、アンチに遭えばひどく落ち込む。そんなことに疲弊して、好きな物事を封印してしまう人も多いのだろう。

 

 けれど、好きな物事を大切なアイデンティティにしつつ、きちんと自分を保っている人って、実はたくさんいるんだよね。誰よりも特定の学問への探求を惜しまないけれど、夜はちゃんと寝てる人がいたり、自分自身を削り出すような創作に励む人が、テレビに出るお笑い芸人にめちゃくちゃ詳しかったりする。しかも、そんな人たちの方が、素晴らしいアウトプットをしていることもザラだ。

 

 そういえば、自分も好きなことにリソースを全振りすることを避けていたことに気づく。不安定な生活の場に自分を置いて好きなことに身を捧げるより、生活を安定させたうえで余暇を趣味に全振りするよう場に行きたかった。そして、それはまあまあ実現できた。

 

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 しかし、だ。

 

 それでも人生をかけて、自分の関心のあることを仕事にしている人はまぶしい。お金と熱量と責任が大きく渦巻くなかを、知識関心の積み重ねと自信を身にまとって渡り歩く姿は、仕事の場でしか見ることが出来ない。仕事でしか実現できない物事が、世の中には本当にたくさんある。

 

 好きだけで進んでいった先に、ときには苦味を見つけ、それを受け入れてでも、人生の重要な部分に置き続ける。けれども、身を捧げ過ぎずに息抜きや寄り道を楽しんだり、あるいは他にも重要な物事を持つ。そんな軽やかなステップを、いったい人生でどれくらい踏めるだろうか?

 

 好きなことを仕事にするために、場を整える努力をすればいいじゃない。そんなポジティブなとらえを貫く人たちに向けて、敬意と羨望のまなざしを向けている。

 

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 ゆーて、自分が選んだ仕事だって、誰かがやらないといけない仕事なんだよね。そこに渇望をおぼえるには、もう仕事への愛着と諦念が積まれ過ぎた。誰かが好きなことで活躍するために空いた席で、自分は雪かきのような仕事を片付けていくのだろう。

 

 いいさ。おれは仕事を寄り道にして、他の場所で踊ることにするよ。

 

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