あるものはある

魔法なんて無くて 本当に有るのは

ここにいることだけ あなたがいることだけ

 

aiko / 磁石

 

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 ときどき、「なんで自分はいま、この人と会っているんだろう?」と思うことがある。あるいは、「この人はどうして、自分と会っているんだろう?」とも。

 

 別にだらだら続いているセフレとの朝チュンの光景を追想するみたいな、エモい話をしたいわけではない。会っても何かメリットがあるでもなく、クエスチョンマークが浮かぶような時間が過ぎるだけなのに、なぜか維持される人間関係がある。そういったものを自分はときどき見かけてきたし、自分自身も抱えることがあった。

 

 難しく考えるでもなく、あてはまるような言葉はいろいろ思いつく。何かの出会いが惰性で続いているとか、害がないから時間つぶしに会うとか、向こうが会いたがっているから付き合ってあげてるとか、無自覚な好意があるとか。

 

 けれども、どのラベリングもしっくりこなくて、あるいはいろんな要素が内包されていて、どうにもその背景を整理することは難しいことばかり。そんなとき、結局は誰かと誰かが、顔を合わせることを選んでいる。ただそれだけのことだと、理由づけを放棄することがある。少なくとも、理由があるから人間関係があるのではなく、先に人間関係が存在して、理由が後からついてくると思いたくなるのだ。

 

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 どうにも、素敵な男性と一緒にいると心惹かれてしまう。

 

 別にだらだら続いているセフレとの朝チュンの光景を追想するみたいな、エモい話をしたいわけではない。カッコいい、あるいはかわいい、そのほか言葉にならない尊さを持った男性にうっとりとしまうのは、どうにも止められそうにない。

 

 この感情は、誰かに教わったものではないし、社会的に刷り込まれたわけでもない。むしろ、みんな女性はいいぞ~!なんてことを有形無形に伝えてくるし、たぶん彼女とかいうものを作ったほうが、他者や社会が想定する姿に近づけるのだろう。

 

 けれど、男性にうっとりするおれは、確かに存在しているのだ。男性の体つきについ視線を取られ、声色や目つきが放つ引力に逆らえず、同性と一緒に居る時間を心地よく思っている男性もいるのだ。そうですよね?

 

 現実に存在し、社会を構成する一市民となっているのに、社会はよくマイノリティの存在から目をそらす。「そのような存在を想定していない」なんて言いぐさを、当事者を前にして平気で通そうとする。

 

 社会に規定されない、想定されない行動をとる人は、言葉や論理で説明される前から存在する。社会があるから人が、行動が、存在するのではない。人間がそこに存在するからこそ、社会が存在するのだ。仮に社会がボロボロになっても、人は生き続けるし、きっとなにかを愛し続けるんだ。

 

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 世の中を見渡すと、キラキラと輝く存在が無数にある。

 

 けれど、いまこのタイミングで目の前にいるのは、他でもないあなたなのだ。