ロールプレイング

 世がコロナコロナと騒ぎ出す少し前、いくつかの友達のバンドにインタビューをして、今でいうzineのようなものを作ったことがある。

 

 当時、ライブイベントの自主企画を始めて10年が経った頃。少しずつマンネリの影がちらついていて、何か新しい役割が持てたらなって考えていた。そんなときに、世に出回っている音楽雑誌のことを思い出した。思えば、身近なバンドでも活動歴が積み重なっていて、活動秘話のひとつやふたつどころか、本人も気づかないくらい大量にあるのかもしれない。そういった話を、プロのミュージシャンがするインタビューのようにまとめたら、きっと読み応えのある活動史ができると思ったのだ。

 

 このねらいは、おおかたうまくいったと思う。みんな意気揚々とインタビューに臨んでくれて、聴き取りが終わった後も、使っている機材の資料とかをたくさん送ってくれた。あまりに量が多すぎて、誌面の調整をするのが大変なくらい。

 

 自分としてはシリーズ化するつもりだったけれど、1冊目を出したすぐ後に新型コロナが流行り出してしまった。イベントそのものが開催できなくなっては、制作する口実も、人目に触れさせる機会もない。いつかまたやってみたいアイディアのひとつとして、静かにあたためている。

 

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 あるバンドのインタビューをしたときの話。学生の頃からの付き合いのこのバンドには、とても寡黙なギタリストが在籍していた。バンドとして付き合いがあるといっても、他のメンバーを窓口にしてライブの日程を聞いたり、自分のイベントに出てもらったりしていたので、そのギタリストとはほとんど話したことがなかったのだ。

 

 けれど、このバンドのサウンドのキモになっていたのは、間違いなくかれのギターだった。自由な発想から繰り出されるフレーズは、バッキングもギターソロも強烈な個性にあふれていて、それでいて一発で耳に残るキャッチ―さも持っていた。

 

 そんなかれを称賛するために、おれは「ミュージシャンへ取材をするインタビュアー」という役割を使った。楽曲へふんだんに盛り込まれたギターフレーズについて、なるべく詳細に言及しつつ質問を投げかけた。普段、出番前後のライブハウスでちらっと顔を合わせる程度では話せないような楽曲への思いを伝えつつ、演奏者としての考えを聴かせてもらった。

 

 とても爽快な気分だった。いつもおれが考えていたような楽曲の話を、質問という名目で聴いてもらって、さらにその答えを教えてもらうことができる。そして、またかれのギタープレイが好きになる。

 

 このインタビューの日、かれはとても饒舌だった。日々のギタープレイへのこだわりや、楽曲の制作時に考えていたことを滔々と話してくれた。かれもまた「インタビューを受けるミュージシャン」という役割を演じることによって、普段胸にしまっていたことを話してくれたんだろうか。

 

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 社会において、人は多かれ少なかれ、なにかの役割を演じて暮らしている。

 

 おれが引き受けている役回りを思い出す。どこかの職場の総務・経理担当者。あれこれのバンドのドラマー。とあるzineのとりまとめ役。誰かの兄で、子で、孫。あの集まりだと後輩で、別の場所だと最年長…。そんな立ち位置を考えたり考えなかったりしながら、自分を出したり出さなかったりしている。

 

 別に、自分を出さない場があること自体はいいのよ。役割に身を任せるのもラクで悪くないからね。自分を出せない、になるとマズいのであって。

 

 きっと、役を演じさせられるのではなく、主体的に演じられるかどうかが大切なんだと思う。なりゆきで割り当てられた役でも、それを演じることで自分になれるなら、思いっきり演じればいい。けれども、イヤだったら舞台から降りることも自由であるべきだ。日によってちがった舞台で、ちがった役を演じるもいいだろう。ときには、舞台に立たないで何の役もない状態を楽しむのもいい。

 

 そういえば、自分にとって大切な人が、いつも自分自身であってほしいとか、素でいてほしいとは、最近あまり思わなくなった。そのかわり、どうかかれら自身が演じていたいと思える姿で、存在できていることを祈るばかり。