既読スルーの向こうに
用件が済んで少し雑談めいたことを送って、やがてやり取りは既読がついておしまいになる。歯切れの悪いメッセージのやりとり。送ったメッセージにリアクションがないことも、あるいは誰かからのメッセージを返さないままになることも、自分にとっては日常になってしまった。
なってしまった。
思えば対面以外でのコミュニケーションのうち、一番初めに使えるようになったのは家の固定電話だった。友達の家に電話をかけて、相手の親に取り次いでもらって友達本人が出てきて、ようやく用件を伝えるなり雑談にふけるなりが始まる。そんな長電話は言葉での会話である以上、相手からの返事は必ずあって、終わるタイミングも明確だった。ふと沈黙が訪れたり、急に電話が切れてしまうようなことがあるにしても、それはそれで意味があることだしね。
のちにケータイでのメールが流行り始めた頃は、おそらく電話での習慣が下地にあったせいなのか、わりとみんなマメに返事を送っていたように思う。だらだらと続くメールのやり取りを、時々でセンター問い合わせをはさみながら楽しんで、積み重なるRe:Re:Re:…の数に達成感のような感慨を得ていた。そして返事はなかなか途切れない。
いま思えば、そういった冗長なやり取りに苦痛をおぼえた人も多かったのかな。
やがて普段使いのツールはメールからLINEに移ることになった。やり取りはチャット画面で一目瞭然となり、テキスト以外にも多彩なスタンプで自分が伝えたいことを表現できるようになった。テクノロジーの進歩ってすばらしい。メールで感じていたやりづらさが解消されて、コミュニケーションにたいする負担感がまた一段と軽くなったように思えたものだ。
けれども、LINEを当たり前に使う頃には、終わりのないメッセージの送り合いをすることは少なくなっていた。
電話、メール、LINEという連絡ツールの進歩の歴史をたどるような書き方をしてみたけれど、どうやらそんな歴史が積み重なるとともに、自分も周囲の人もまた歳を重ねていることも関係あるのだろう。やるべきこともやりたいことも増えて、目の前にいない誰かに構うことが出来る時間は減ってしまった。気持ちとしては誰かに構ってもらうことを求めているくせに、仕事をこなし、ご飯を食べ、シャワーを浴び、テレビをボーッと眺めているうちに、舞い込んできたメッセージに返事が出来ず若干のむなしさをおぼえるのが日常の風景になった。
返事ができないってのは、なにも忘れているばかりではないんだよね。
ちょっと調べてからよりよい返事をしたいとか、聞かれたことに誤解もウソもないように返事をしなきゃとか、言いたいことがあるけどちゃんと言葉を選ばなきゃとか、ここに並べたような要素をすっ飛ばして適当に返事をした後悔を思い出すとか、メッセージひとつ返すことへの労力ってけっして小さいものではないのだ。少なくとも自分は、以前よりも気軽に返事を送りづらいと感じることが増えたものだ。テキストコミュニケーションって本当に難しい。
既読スルーにまつわるワンシーンを想像する。自分があるメッセージを送ったとして、相手は送ったメッセージをキャッチしつつも、何かやることに追われて通知をタップする気力すらない。そして悪意のないまま、返事どころかメッセージの存在すら忘れてしまう。自分は来ない返事を待つうちに、返事がないこと自体がひとつの答えととらえ、静かに相手に抱いた期待を諦めてしまうのだろう。
落ちる体力と増えるタスクを前に、どうしてわれわれは引き裂かれてしまうのだろうか。
ただまあ、自分が諦念に駆られていたのも少し過去になりつつあって、だんだんとひょっこり連絡がついて再会できた経験も少しずつ積みあがってきた。何か事情があって連絡は出来なかったけれどネガティブな感情はなくて、むしろ会う方法を失って諦めてしまっていたと知ったこともある。電話もメールもLINEにしても、すべてはツールでしかないのだ。ツールの使い方と相手が抱いている気持ちはそうわかりやすく相関するものではなくて、気持ちがないから連絡がないという判断はいささか早計だったと気づくことはままある。
いま誰かとコミュニケーションを取りたくなるようなときは、相手はどんな方法が得意で、自分はどこまで対応できるか考えるようになった。メッセージの返事が来なければ時間を置いてもう一度送ってみたり、相手が電話で話すのが得意なら…あるいはパッと会うのが得意なら、どちらにしても合わせられる範囲で応じたりもする。そんなことに心を砕くと、相手もなんだかんだで楽し気な反応を返してくれたりするものだ。
でもまあ、そんなこんなもいつか人付き合いへの欲が尽きるまでの延命策にすぎないな。やがてもっと他者を求めなくなって、「ふるさとは、遠くにありて思うもの」なんて言葉のように、親しくしていた他者ですら遠くで思うだけで満たされるようになるのかもしれない。日々誰かと濃密なコミュニケーションがとれた頃を懐かしんでも、もうあの頃に戻れやしない。他者を追い求めてメッセージの山を築いた青春を遠目に眺めて、おれは誰の既読もつかない言葉たちをここにこうして残している。
***
君に話した言葉はどれだけ残っているの?
ぼくの心のいちばん奥でから回りしつづける
あのころの未来に
ぼくらは立っているのかなぁ…
全てが思うほど
うまくはいかないみたいだ
あれからぼくたちは
何かを信じてこれたかなぁ…
夜空のむこうには
もう明日が待っている