友達に口をふさがれた日

 

 ああ、この話題は話しちゃいけないんだな。

 そんなふうに、隠れて肩を落としたいくつかの話。

 

 ここ数年、LGBT当事者としてなんとか前進してほしいと願っている運動がたくさんある。同性婚の法制化であったり、ときどきで見かける差別的取り扱いからの保護、若年層のLGBTのメンタルケアや居場所の確保など、さまざまなトピックのニュースに触れるたびになんらかの改善が実ることを祈り、手段が用意されていれば署名や募金に応じることもある。そんな活動の中心にいる人の本は何冊も読んだし、実際に参加している人から話を聞かせてもらったこともある。誰もが、その時々で一番効果的な方法を仲間と議論し行動に移していて、ひとつひとつを意義のある行いとして敬意を払っているつもりだ。

 

 自分が知ることになった数々の活動は、もうずっと前から脈々と受け継がれてきたもので、けっしてここ数年で盛り上がったわけでない。自分が知ることになったのがたまたま最近であっただけで、長いものだと自分が生まれるよりも前からどこかで闘ってきた人々がいた。名前も知らないような、いや名前を伏せざるを得なかった状態でも声を上げてきた無数の人々の力によって、自分は心穏やかにゲイとして生きていられる。カミングアウトするとしてもあまり迫害されることを恐れていないし、LGBT当事者が集まる場にも安心して参加することができる。今のところ縁がないけれど、同性同士で一緒の場所に住むことも不可能ではないくらいにはなっている。

 

 こういった話題を本当はおおいに話したいのだけど、実際のところ話せる場に居合わせることは少ない。それどころか、タブーとして扱わなければならない相手すらいる。

 

 ある飲み会のさなか、ゲイの友達が突然「こんなに目立たないで、頼むから静かにしててくれないかな」と言い出した。どうやらふと開いたスマホで目についたLGBT理解法にかんするニュースを眺めているうち、当事者団体の活動について思うところがあったらしい。どうしてこんなに権利権利と騒ぎ立てるんだ。自分は不便なんて感じてないから、居心地が悪くなるようなことをしないでくれ…。そんなふうなことをとめどなく語り出した。

 

 おいおいちょっと待ってくれよ。なんの活動もしなかったら、おれたちはもっとひどい事態に巻き込まれていたんだ。それこそ、こんな街の居酒屋でおおっぴらに同性パートナーの話なんか出来ないような空気にだってなりえたんだぜ?なんて言いたくなる。けれど、かれを諭すにはお酒を飲み過ぎていたし、しばらくは関係を維持しないと面倒になる用事も先に待っていた。なにより、かれの語り口から切実な困り感がにじみ出ていて、かれが日々抱える苦悩が先の言葉たちを言わせたのだろうと感じさせるものだった。

 

 ここで何も言えなかったことが、今も心のどこかに引っかかっている。

 

 またあるとき、おれがなんとなしに政治にかんする話を口走ったら、「政治と宗教の話はダメ!」と友達に制された。「ありゃ、会話の流れに即してなかったかな」などと反省して別の話にすり替えたけれど、だったら「今その話?」なんて止め方もあっただろう。そういう理由でなく、なんとなく世に出回っているタブーだからと止められてしまうのは割り切りがつかない。むしろ、政治も宗教も普段からみんなで話題にしていれば、いまこの国に横たわっている問題のいくらかは存在しなかったはずなのに。けれど、目の前の友達はそんな話をすることを望んでないのだ。

 

 そしてこのときもまた、おれは口をふさがれたままだ。

 

 結局おれは、関係がこじれることになってでも主張したい気持ちにフタをし、沈黙を選んでしまった。あの場は戦うべき場ではなくて、静かに自分の意見を守ることが堅実だったのだ。そう自分に言い聞かせつつ、それでも異を唱えるべきだったのではないかとの後悔が尾を引いている。

 

 いま身を置いている世界はだいたい平穏に見えることが多くて、でも政治的にも社会的にもめちゃくちゃな部分だらけで、その原因の大きな部分に人々の無関心がある。憂鬱なことからは目を反らしたいし、疲れる話はなるべくしたくない。けれども、それが積み重なって目を覆うような出来事がたくさん起こっているし、それはひとりきりで考えるべきことではないのだ。誰かと一緒に目を向けて話題にし、出来る行動があれば連帯して形にしていきたい。そんなことは、誰もからも煙たがられてしまうのだろうか。

 

 きっとこれからおれは、付き合いをもつ相手が社会的な問題を話せるかどうか、無意識のうちにジャッジするようになるのだろう。おれの口をふさぐような人とはあんまり一緒にいたくないし、自由にしゃべらせてくれる人との時間を望むようになる。

 

 本当のことを言えなくて苦しむなんて状態を味わうほど、人生余ってないんでね。